Egaku no blog

絵を描く事と、山に登る事と、作業所に通うハンディのある長男と、夫と、東京に居る二男と…

『スカーレット』が終わった

この 

世の中の流れが変わったこの時期に、

連続テレビ小説『スカーレット』が終了した。

 

ひとりの女性の半生を描いていたのだが、

生まれ落ちた家族の中で懸命に生きて、

役割を果たそうとしていて、

両の親を見送って、

その中で自分のしたいことを可能なかたちで追及して、

そうやっているうちに一人になって孤独も引き受けて、

そして生きていく。。

生き方の変わり目の描き方がとても丁寧だった。

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たった15分のドラマなのに、言葉もなく動きもなく、間だけで語らせる、、そういう場面が印象にあり、そんなテレビドラマの描き方って新鮮だった。

 

(親に,自分のしたいこと希望を こんな風に伝えるんだ)

私は 親に強く出られたら,引いていたなあ。。

(ああ、好きな人と こんな話の組み立て方をするんだ)

八郎の話し方、受け答え方がいわゆるタイプで キュンキュンしていた(笑)

登り窯を一回するだけでも経費がかかり、

それも失敗して改善点を見つけられて

もう一回登り窯をやりたくて 今は止めておこうという夫の意見と食い違ったところを無理を言ってやって また失敗、

息子のための貯金を解約してやりたいと言ってきたときなどは 私もちょっと狂気を感じてドキドキした。

実は私も描画で何とか仕事にできないか模索して、社会に打って出るにも先立つものはいるし、山の絵を描くにも山に行くお金はいるし、夫は山登り自体しないこともあり「山…」と話を持ち出すだけで、険悪な雰囲気を出してくるときもあった。

 

『スカーレット』ではその熱情に夫の八郎がついていけなくなって出て行き

別居後の何度目かの登り窯で思う色が出たことで、主人公は女陶芸家と脚光を浴び、

その作品を手にした夫八郎が「きみこ、すごいな」と涙をこぼした場面など、

同じ陶芸家を目指していた者として追い抜かれ、

自分を貫いて自分の作品を作り上げた姿を見て夫は陶芸から離れ

もうこの二人は夫婦としてはやっていけないんだ…というところも痛いほどわかった。

 

別居中、友人に肩を揺さぶられながら「目え覚まし! 頭下げて戻ってきてもらい!」と説得されていた時の返事。

「あのな、私がしたいことあるとき、お父ちゃんが居る時はお父ちゃんに許しをもらった。

結婚してからは八郎さんに許しをもらってやってた。

今は自由や。誰に許しをもらわなくても出来る」そう語る瞳はキラキラしていて、庭中に薪が山積みになっていた。

あ~~わかる!その自由、、私も脳裏をかすめた時ありました、実は。

けど、私は熟考した挙げ句、その修羅を手間をいとわない…と、引き受けた。夫を巻き込む覚悟をした。どんな反応が返ってこようとも伝える手間をいとわないと、心に誓った。

 

そのころだったんじゃないかな、ある日 うちに一本の電話がかかってきた。

それは何度かグループ展に参加をしていた時、出品した作品が気に入ったからと購入してくれた紳士からの電話だった。

「今はどうしていますか」

「松本に住むようになって登山を始めまして、その時の印象を作品に描いたりしています」

 

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ああ、そう……と、ため息のような声がきこえた。

 

この紳士は樹木や自然が好きで、購入してくれた作品もモミの大木を描いたものだった。

「でも最近は作品展もしてなくて、部屋でほこりをかぶっています」と苦笑して言うと、

 

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「それはいけない。それは作品に失礼だよ。応援しているから。発表した時には知らせてください。こんな八十を過ぎたお爺さんでも応援していますから」

そんな会話をして電話を切ったのだが、むねが ざわざわが止まらず帰宅した夫にこんな電話がきた、と話しているうちに胸がいっぱいになって泣けてきた。

家庭人としての私には相性も感じて期待しているものの、きっと夫にとって妻は絵を描いていなくともよかったのだろう。その本心が絵や山の話になるとつっけんどんになっていたのだろう。気の強い私が声を詰まらせ涙ぐんだことにビックリしていた。でも、夫がそのころから変わってきた。私の本気に気持ちが動いたのかな。と思おう。なのでうちは破局せずに 今は応援してくれている空気を感じて絵に取り組んでいる。その点は喜美子八郎と違ったところかな。

 

作品展をするのを躊躇していたのは、人脈を広げられなくて、観客動員の自信がないことがあった。 違うんだ! 作品は完成したら描いた人間の手を離れる。作品が、作品に魅かれる人とつながればいいんだ。そう思って動きかけていたところだった。新型コロナで、再び止まっているのだが。

 

妹も嫁ぎ、息子も進学で家を出て、ジャカジャカしていた暮らしが変わった。

 

広い家にひとりの生活となったあたりからの描写が本当に丁寧だった。

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息子の闘病という描き方になるとは思わなかった。

 

その場面を見るたび今東京で生活しているジョンくんの事が思い出されてならなかった。

 

 

息子のたけしが旅立ったあと 縁側で元夫の八郎に、

「わたしなあ、、

たけしに『お母ちゃんが生かしてやる』って

言うてしもうた。。

いかんなあ。。」と、

自分のいき過ぎを悔やんでいた。

 

わたしたち夫婦は 親として出来ることをしたつもりではいたけど、ジョンくんはどう感じていたのだろうと、私もうっすら逡巡していたところだった。そこも大事だったんじゃないのか。。と。

子どもは授かり物などというが、私は 天からの預かり物だと思っている。手から放れていくものだ。そこに今も揺るぎはないが、彼に 長い渡りに耐えられるだけの翼を身につけてあげられたのだろうか。。と。

 

 

 

今朝、何回目かトライの電話で ジョンくんの声を聞けた。

「なに〜どしたの?」

から始まり、

 

「また電話するからねー」

「うん」

「要る物あったら言いなよお」

「うん」

 

それで良しとしよう。

 

まあほんとうに、

いろんな事を 考えさせられたドラマでした。

 

 

それがやーくんだ!!

二日連続で やーくんは就寝してから朝起こすまで寝られた。

夕べも なにも特筆することもなく寝る時間を迎えたのに・・・

一向に眠気が来ないやーくん。

深夜に一度、夫が寝るように促したそうだが 拒否!したので、

「あ、そう」と、

そのまま一階においてきたらしい。

ベッドにもおねしょしてなかったので、やっぱり寝てないんだ。。

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(冷蔵庫から発見の、これで腹ごしらえしたな。。)

 

 

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(ずいぶん増えておる)

 

「あ~あ、せっかくいい感じで睡眠リズムが整ってきたかと思ってたのになぁ」

とわたしがこぼしたら、夫

「それがやーくんだ!」とさけんだ。

 

今、養護学校や作業所 事業所では、個別支援計画を立てる。

短期目標 (数か月)

中期目標(数年)

長期目標 (人生設計)の

希望なども吸い上げ、半年ごとに振り返りをして達成したかとか これからの課題とかを話し合う。書類作成、押印。。(普段 昼あんどんでのんきな暮らしをしているかと思われがちですが、こういうこと地道に水面下でやってるんですよ!私は。。)

 

必要に応じて専門機関に相談するのだけど、結局今の日本では医療機関になる。

で、医療機関に相談すると、「睡眠障害」などという名前がついて、彼らの考える改善策は治療なので、睡眠薬とか睡眠導入剤とかいうことになる。

 

でも、薬って、飲む本人が必要に思って飲まないと 効果半減なんだよね。。

 

やーくんが必要と思っているだろうか。。

あんなに楽しそうに 深夜の一人時間を過ごしているのに。。

 

そこを夫も気づいていたことに、感動を覚えた。

 

きっちりした理系男子の夫、四十代の頃は やーくんジョンくんの行動を なかなか受け入れられなかった。

 

家事のしかたもきっちりしている。私が頼んでもないのに掃除を始め、習慣になってくると(しない)という選択が出来なくなって、テレビを見ている私にイライラしてきて一緒に作業をしろ的な脅迫感を圧しつけてきたこともあった。

今はそういうイライラもない。私がコーヒー飲んでても、「あ、お日様出てきた♡」とばかりに 布団干しに二階へ上がっていく。たぶん自分のいないところで何かをやっているんだろうくらいの許容範囲を持っているんだろう。

今では、今はやりの「名もなき家事」も自然な流れでする。

 

※名もなき家事=洗剤を詰め替えるとか、ティッシュを収納庫から持ってくるとか、いうことらしい。ストックがなくなっていたりすると、買って来てくれたりもする。

 

自分の特性はそのまま残しつつ、身近な存在の特性も認める、ここまで変化成長するんですよ、成人男子でも。30年の間、なんどかは三下り半を突き付け合うような修羅場もあったが、今お互いに快適な距離感で過ごせていると思う。やーくんも夫も私もジョンくんも。

 

 

そのあと、犬のスイくんのケージをのぞいていた夫。

「なんでおふとんにおしっこするの!もう!」とこぼしているので、私すかさず

 

「それがスイくんだ!」(笑)

 

なごやかな朝の風景だった。

 

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サバイバル教室~ブッシュクラフトスピリッツに触れて~

友だちの末次さん(以降すえっち)が、ブッシュクラフトの講座を開いたのを知って 

もう一年になるでしょうか。

 

日本はここのところアウトドアレジャーブームで、スポーツショップやホームセンターでもテント、折りたたみのイス、BBQコンロなどの売り場を 一年を通して見かけるようになりました。

 

だけど日本の屋外活動=自然に親しむ活動ってあくまで『趣味のジャンル』であり、もっと下世話な表現を使うと『道楽』という位置づけで、

だからすえっちの『サバイバル教室』に興味は持ったものの、

参加するまでに時間を費やしたのは、

『屋外』を『アソぶ』のに お金払ってっていう抵抗感があった…

っていうのが 正直な気持ちでした。

 

ただ、私は今 自然豊かな(はずの)長野県在住ですが、出かけるというともう子育て世代でないこともあり、車で走るとか商業施設でショッピングくらいなのです。あとは本格的な登山で、

その中間がない。

すえっちのサバイバル教室の会場は松本の里山だと聞き、『公園』と銘打ってない場の 所有者のある里山の利用の仕方、入り方、マナー、そんなところを知ることが出来たら、この閉塞感が薄まっていくような期待を持ち、また四回すべて会場が違うというのも魅力で、

今回申し込みました。

 

 

それともう一点、『サバイバル教室』という名前にも抵抗がありました。

迷彩服を着て武器を持ち枯野の中で敵とみなした相手を倒す、ゲーム画面を実物で行うやつ。サバイバルゲームって言いますよね。

『サバイバル=生き残る』ですか?

 

名前を聞いた第一印象は そちらよりでした(笑)。

なんというか、マニアックで浮かれた印象と、先に述べた道楽の印象と。。

そりゃ払拭するのに一年くらいかかりますわね(笑)。

 

すえっちの『サバイバル教室』は、『生きる力を身につける』教室です。

 

 

ところがところが、そこにも 

しばらく抵抗がありました。(まだあるか!(笑) )

 

今さら火を起こしたりナイフ使えたりシェルターって…

日本のようなインフラ整った社会で生きていて 

改めてアウトドアレジャーの場以外にそういうこと必要ないんじゃないの? (と、

ここはあえて そう文章におこさせていただいたんですが)

 

答えは否!でした。

 

すえっちの講座は、最初に自然を感じる時間を取ります。

日差し、

風、

音、

におい

 

一回目の二月には霜柱があった時期で、空気がピリリとしていました。霜柱を手でつまんでみるとシャリンシャリンとキラキラ砕けていきました。

(冬枯れの二月)

 

二回目の三月、ひと月たつと光の種類が変わっていました。

強い風もずっと続くのではなく 

風のまとまりが通り過ぎると風の谷があり、

遠くから樹木の枝のしなる音が 次の風の塊が近づいてきていることを知らせます。その風の中で 鳥がさえずっています。

 

(すえっちインストラクターの張ったタープシェルターはピンとしているので目立たないかもしれませんが、風をブンブンに受けています)

 

 

ほんの五分でもいろんな発見があり、人それぞれの感じ方を聞くことで また新しい発見があります。

 

UVカットされたガラス越しの、

もしくはテレビやスマホ画面に映し出された絶景画像だけでは 日々の暮らしは自然と分断され、 

五感を総動員して自然を味わうことを 忘れていた気がしました。

 

だって日本の『アウトドア』って、『外で』『何かをする』んでしょう。BBQとか。

『外=自然そのもの』を『味わう』『慈しむ』『大切に思う』っていう『文化』にまで至っていない気がします。だけど、みんな気がつき始めているんですよね。

外で過ごす心地よさは何だろうって。

十分に準備された講座で、改めて身をもって感じてみると、自然に対する意識が変わってくるように思います。そんなスタート地点に立てる講座でした。

 

 

すえっちの講座は まだまだ作業に入ったりしません。

逆さ富士の絵を描くすえっち。

水鏡にくっきりと富士山が映るということは、静的なバランスが取れている状態です。

『ベースライン』というそうです。

人間が自然に分け入っていった時というのは波紋を作り、湖面の逆さ富士が消えた状態なのだと。

それはベースラインが乱されたことを意味し、野生動物や昆虫は異変を感じるのだそうです。身を潜め鳴くのをやめる。

 波紋をつくって侵入してきた人間が攻撃性のないことを見て 人間を受け入れたベースラインが出来上がりました。

 

さて、いよいよナイフを使ってのペグ作りです。

 

ペグに適した枝探しです。『ワイドアングルビジョン』で周囲に目を向けて見ていきます。

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(選んできた木や持参したナイフを すえっち先生は否定しません。作業開始でうまくいかないタイミングを見て「これくらいの太さでやってみ」「このモーラナイフを使っていいよ」等のアドバイスを入れてくれます)

 

 

日頃の人間の暮らしの中では

相手の目を見る、

スマホパソコンの画面を凝視する、

これを『トンネルビジョン』といいます。

人間の視野は思う以上に広いです。視野全体に気を配って 探すものや動きにアンテナを張る ワイドアングルビジョンで過ごすだけでも日常から離れられますよ。

 

 

すえっちはナイフの使い方を丁寧にレクチャーしていきます。

そしてナイフワークには名称がついていて それらを効率よく学べるのがペグ作りだということでした。

(知りたい方は、ぜひサバイバル教室受講を!)

 (借りたモーラナイフがあまりに使い心地が良くて、ついついピンピンに尖らせてしまいましたが、ペグをここまでする必要はありませんので、あしからず(笑) )

 

 そんなこんなをしているうちに、ワーク終了

 

 

春の強風は吹き続けていましたが、深い釜だったので火をつけました。

さすがブッシュクラフト、火の粉が舞い上がることなく いったん着けた火が消えることもなかったです。BBQで火おこしに四苦八苦したり着火剤頼りの方!

あの着火の知識と妙を目の当たりにするだけでも 受講の価値ありです!

 

(着火前のこの組みかたがポイントね)

 

(灰が舞い上がることもなく)

 

いろいろ焼いて話を楽しんで、心地よい時間でした。

 

 

あー楽しかったし良い時間を過ごしました。一か月後の次回が楽しみです。

 

「今日は何してきたの?」と聞かれれば、

「うーんと、、ナイフでペグ作った」💦

てことになるんですが(笑)💦💦 学びも多く実の濃い時間を過ごせますよ。

 

ケア会議

今日は、新型コロナ騒動でも没らなかった、

やーくんに関わる方たちが集まっての

支援会議でした。

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やーくん安定しているのもあり、短時間で終了〜

 

それにしてもこの冬は、

毎冬恒例なはずの
『インフルエンザの集団感染による施設閉鎖』が、
作業所でも 施設でも 、
一度もなかったですねー なんて話が出て、


新型コロナ対策の、
手洗い
うがい、
不要不急外出の手控え効果ですねー

 

などと、

笑うに笑えないような効果もあったようです。

 

水曜日 夕方の出来事

ミニチュアダックスフントのスイちゃんは、短毛種だが それでも伸びるところの毛は伸びるので、すっかりモサモサになってしまった。

 

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数回利用したトリミングのお店は、午前はしていないのか4時以降に受けるようで やーくんのお迎えと重なってしまう。

 

最近はやーくんも落ち着いているし、

家を出る時スイちゃんをケージに入れてやーくんをお迎えに行き、

その足でスイちゃんをトリミングショップに送る、

と考え水曜日の夕方に予約を取った。

 

 

 

スイちゃんは、ケージを見ると興奮して乗り込むのだが、

車に乗せるとおろせ、と言ってるのか出たい、と言ってるのか

キュンキュンと鼻なきする。

それでも30分ほど乗っていただろうか。

 

トリミングショップに着いてベルを鳴らして店員さんを呼び、ケージのドアを開けた。

 

ところがスイちゃんが 顔は出したが出てこない。

いっそ怖がって奥に引きこむことはあるけど、

今日は 横になったまま顔だけケージからはみ出し、口からは白いあぶくを吹いている。

 

実はあぶくを吹いていることは過去2回ほどあり、一度は動物病院だったので看護師さんがす早く対応、「車に酔っちゃったかなー?」と、すぐに戻った。

ところがところが、今日はあとから後からあぶくが出てきて立つこともできない。

ケージの奥に大も小も失禁してあり

引っ張り出して抱いても、声をかけても目線も合わず、ヒクヒクしている。

トリマーさんの指摘で舌を見ると、ムラサキ色!

泡が出なくなったと思ったら聞いたことのないような声で、鳴いたり吠えたりし続ける。

 

トリマーさんの方がおののき、今日のトリミングはキャンセルして店を出た。

 

私は片手でやーくんの手を握り

片手でケージとスイちゃんをかかえていたので体勢を整えるため、

いったんスイちゃんを地面に置いた。

 

ところが、依然立てないのである。ぺらんと横たわってしまう。

 

すでに5分くらい経っていたと思う。

 

さすがにこのまま収まっても、何かあるのではないだろうか、、と心配になり、行きつけの動物病院へ直行した。

 

実は動物病院の普段の待ち時間の長さと、

やーくんが慣れない同じ場所に居られないこと、

今回は私が診察対応しないといけないこと、

今まで時間をとる事は やーくん不在の間に済ませてきていたので、こんな場面は未知の領域だったのだ。

 

やーくんは降りないと意思表示。じゅうじゅう言い聞かせ、チャイルドロックで車中に居てもらい、時々様子を見に行く事にした。

 

午後診療は午前ほど混雑しておらず、「3番目ですからすぐですよ」と看護師さんが言ってくれた。

 

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実は一度、浮気してほかの動物病院を受診した事がある。

 

その時は下痢で、なかなか収束しなかったものの機嫌も良く、元気もあって、免疫力にあとひと押しの処方などを もらうつもりの受診だった。

 

若い獣医師は、私の話を聞いて直ぐ

「ではエコーで見てみましょう」とマシンにスイッチを入れたのだ。

 

え?!

視診も触診も聴診も なし?

 

ただの腸の不調でしょう?

 

「この黒いのがウンチですので、間もなく出てきます。形になってきていると思います。」

あぁ安心だ。

「ただ、膵炎だとするとやっかいで…云々」 ちょっとちょっと、腸だってば💦

 

そして診療明細には超音波検査の点数がしっかりと加算されていた。

財布の中の持ち合わせで間に合うか否か、支払いの時はドキドキした。

 

処方された薬は全て飲ませたが、、

最悪の想定は医師として必要だけど、ゼロや100はありえないから。ただ、それがどれくらいの可能性を診察から感じたか、そのパーセンテージ(割合)を伝えて欲しいのだ。そうでなければ ただのデマゴーグになる。

 

やーくん幼少時にさんざん受診して、的を得ず不安解消されなかった苦い経験が、私を受診側として成長させたんだと思う。医療は 診てもらうという受け身ではなく、こちらが医療を選ぶ側なのだ。

 

その点、今回の 行きつけのおじさん先生は、どんな方面の質問にも丁寧に答えてくれるし、本人(おっと、犬そのもの)の観察も丁寧だ。

 

「特発性テンカンですね。特発性というのは、定期的に発症するのでなくきっかけで誘発されるということで、 今回だとケージに入る、出かけるということに緊張して発症したのでしょう。人間の場合MRI検査で脳に異常が見つかることもあります。けれど、犬の場合は画像に異常は出ません。遺伝だろうと言われています。」

 

その後も

治療としては緊張する場を減らすこと、通院やトリミングなどやむを得ない時の薬もあること、以前は服薬して効き始めるのに一週間かかっていたのだけど、新たに出た新薬は即効性を期待出来ること、

薬に副作用もないこと、

テンカン発作自体は起こしても問題はないが、5分以上続くと脳にダメージが起きると言われていること…

 

私の質問にも答えながらこのような納得のいく説明をしてくれた。

 

「ということで、頓用に薬を出しておきますか。」

 

今回直行したので、50%の支払いで済むペット保険の保険証も 持ち合わせてなかった。

 

それがなんと、薬処方も含めて1600円也! 人間並みでビックリ。

 

やーくんも以前は気に入らないと車内をグチャグチャにしたこともあるが、今回は仲良しのスイちゃんのことを心配していたのかもしれないな。じっと待っていてくれた。

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そんな出来事を帰宅した夫に話した。

 

夫の、スイちゃんの溺愛ぶりは見ていて面白いくらいだ。

顔をくしゃくしゃに曇らせて聞いている。

夫には、あの発作のスイちゃんの姿は直視出来ないだろう。

 

だって、

「パパがそんなスイさんを見たら、救急車呼んじゃう!」だって。

 

ちょっと ちょっと。。(笑)

 

 

 

 

 

新しい出会い

ここのところ、会合など可能な限り出席しています。

 

今日は日頃お世話になっているCOCO さんの懇談会でした。

 

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(春がテーマのお茶菓子をいただきました。こういう心遣いは心弾みますね)

 

塩尻にあり、いつもは国道から桟敷交差点を左折して行ってたのを、田川沿いにも行けるだろうと走ってみました。

ところがだんだん山に登り始め、インターチェンジも過ぎてしまいました。後続車もついていて引き返せず、東山山麓線に入ってしまったようです。

 

新しい理事長になってからCOCOさんに行くのは久しぶりです。

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保護者の参加は少なく、自分は職員さんと会う方を目的にしていて あとは会場の雰囲気を感じに行こうというつもりだったので特に気にしませんでした。

今回の出席保護者はお子さんが41歳、20歳、そしてやーくんの28歳です。

それぞれに難しいことがあり、あんな感じで複数人に聞いてもらえるとメンバーの中にヒントを持っている場合もあり、良い時間を過ごせました。

 

終了して席を立った時、一人のお母さんが私に話しかけてきました。

やーくんが以前利用していた事業所で働いていたことがあるとおっしゃって、短期間ながらやーくんの支援に入ったことがあったとのこと。紙ふぶきをする とかの話を聞いているうちに思い出したとのことでした。

 

そのお母さんのお子さんは、大学に通ってプログラミングを学んでいるそうです。ただ、卒業後のことを考えると在宅勤務が理想なのだけど、自宅で居るのには国の定めたサービスが受けられず、だからといって一般的な作業は肉体的理由で難しく 今から悩んでいるそうです。

そうなんですよねー

制度との整合性と本人の相性、施設の許容性など、ハードルはいくつもあり、うちも今のような環境に落ち着くのに何年もかかりました。

そのお子さんが塩尻に戻ってきた時、私に出来ることがあったら…とも思ったけど資格もないしなぁ

それでも

いろいろな刺激と情報を得て、『ちょっと先』を考えるチカラになりました。

 

今まで関わってないところに出るのは気が引けていたのですけど、これからはアンテナを張って 一歩を踏み出して行こうと思っています。

 

 

 

土曜日の夜

今夜の献立はドライカレーで、ブロッコリーの芯をミラクルサイの目切りにしている最中 指を派手に切ってしまった。

料理はまだ序の口だし 血を混ぜ込むわけにもいかないので、完全に止血をするのに時間をとった。

 

そうしてサイの目になったブロッコリーの芯を入れたボウルをカウンターに置いた時 指が引っかかって流しにぶちまけてしまった。。

 

なんだかいつもと違う流れを感じていたら、休日の日没後にピンポンが鳴った。

 

日没にセールスも普通は来ないしなんだろ?と、モニターを見たら人影が映ってない。

「ピンポンダッシュか?」と口にしたものの私は料理の手を止めなかった。

 

夫がドアを開けに行ったが戻ってこない。

そしたら夫が「小さい女の子が来てるからみて」と、私につなぐ。

 

玄関に行くと、小さな女の子(年長から低学年)が、壁にへばりついてしゃくり上げていた。

 

しゃくり上げているから話していることは全てを聞き取れないし、重ねて夫も聞き取れたことを話す。それらを組み合わせた状況が

「お母さんがいなくなった」

「車もない」ということだ。

 

我が家はここに越してから、子ども絡みの付き合いもなく、生活時間も違うので、あいさつ程度のつきあいしかないから親の顔はなんとなくわかるけど、子どもは全くわからない。

 

まずはその子の家を確認するため「おうちに行こう」と歩き始めた。頼ってきた割に手を繋ごうとするとふりほどく。

 

玄関は開いていて車もなかった。奥に人はいないのかの確認にピンポンを押してみたが、ひと気はなかった。

 

家に着くと「いつの間にかお母さんが居なくなって車もなくなった〜」と、より激しく泣き続ける。

 

ここからは推測だが、昼寝したかゲームに夢中かで、外出に置いていかれたのだろう。(たぶん父親はかやの外。)

 

すでに日没後。誰も居ない自分ちの しんと静まり返った恐怖、心細さに耐えられず玄関灯のついていたうちにピンポンした…ってことか?

 

私がいるからか、安堵の気持ちからか、

でも知らないおばさんだし、でも人間のいる安心感もあり、

号泣へとエスカレート。

 

からしたら遅れ気味の料理と

「じゃあうちにおいで」と言うと、それは拒否。

そうなるといつ戻ってくるかもわからないこの家の家族をこの状態で待つ?!

 

「お母さんが帰ってくるまで待ってなね」とドアを閉めるとその子も出てきて玄関の外で泣きじゃくる。改めてさそってもうちに来るのは嫌だと拒否。

んじゃ外で泣いてる方がかえって危ないから家の中に居な、、

というやりとりを数回繰り返し、私は家に戻った。

夫の方が気にしていて私が料理を再開した頃に「車戻ってきたわ」と報告してくれた。

 

成人不在で子どもだけにしている…

ということに、私にとっては理解の余地がない。

眠っていたら起こして、うちは親子3人、運命共同体だった。

 

他の国のことをここに出しても仕方がないのだけど、アメリカは 小学生以下(12歳)の子供だけにしておくと逮捕される。それくらいのおとなの配慮は必要な存在だと 私も思っている。

イギリス貴族社会が考えるような『子どもは小さな大人』ではない。貴族の家柄なら執事やメイドの存在がサポートしているはずだ。

 

大人のような経験値もない、冷静さも俯瞰も判断も、やはり子どもは『小さな大人』ではない。

 

もう何十年か経ったろうか、新幹線で母兄妹で旅行中、下車駅で荷物の取り出しに手間取り、先にホームで待っていた妹を残して

母と兄が乗ったままの新幹線が発車してしまった。

大人なら待っていられるだろう。

まだケータイなどない時代だった。

十代半ばなら駅員に伝えるとかしただろう。

 

その妹は行ってしまった新幹線を追って線路をたどり、歩いているところを後続車両にはねられた。

 

目覚めたら気がついたらお母さんがいなかった、車もなかった。じゃあ帰ってくるまで待ってよう とは判断しなかったということだ。

母親の(置いて行っても大丈夫だろう)はすでに根拠のない正常性バイアスなのだ。

 

ちなみにやーくん28歳現在、やーくんをひとりにしての外出はゴミステーションへのゴミ捨てか、よくよく言い聞かせてからの10分程度の犬の野々宮神社までのピストン散歩だけだ。車の運転は、この28年間で数えるほどしかない。

たぶん10本の指以下だと思う。だって出先で自分に何かあったら取り返しがつかない。意識があればやーくんのことを伝えもできようが、一刻を争っている救命中の人物が留守宅のことまで動いてくれるとも思えないし、意識がなくなったとしたら…

あぁゾッとする。

想定しすぎかもしれない。

でもありえないことでもない。

 

日ごろ登山やらスキーやら遊びほうけている印象大かもしれませんが、ミソは押さえてきたつもりです。そしてこれからも。

 

 

近所のその子どもへのメッセージがあるとすれば、

年長もしくは低学年で、日没後という不安にかられる時間帯に おいていかれてこわかったよね。

もしかしたら昼間はすでに、親だけが出かけてしまう時間を経験していたのかもね。

 

けどね、見知らぬお宅にピンポン出来て

見知らぬおばさんを拒絶する元気はあるんだ。

 

むしろきみはその心細さ恐怖に打ち勝つ強さを身につけた方がいいかもしれないよ。

年長もしくは低学年で(大丈夫だろう)と、置いていける親のもとに生まれてしまったんだ。これから親もとを独立するまで数えられないくらい放っとかれるのかもしれないからね。

 

実は年末、私の家事の不行き届きで大げんかになった。やーくんの紙ふぶきの紙の粉が棚の上とか積もっていた。会社でも大変な時期でそんなストレスからか怒りに任せて罵詈雑言を浴びせられた。

 

心配そうにソワソワしていた夫に「私はあんなことした事ないからね。家事は行き届かないけど」と、クギを指しておいた。

 

あの母親、泣いてる我が子を見てどんな態度とったかな。「ごめんね!心細かったね〜」とともに泣いて抱きしめたか。。

それとも「何泣いてんのよ!」と一暼したか。。

 

たぶん後者だろうな。

そこに時間をくいながら 拒否され 、夕飯時が大幅に遅れた我が家。ペコペコのやーくんが先に食べ始め まだ途中の料理もあったので夫のも出して、しばらく作っていた。

ようやくお皿を出し終え席に着くと、夫は手をつけず待っていてくれた。

 

我が家の成果は、夫のそんな優しさが改めて見えたところかな(笑)