Egaku no blog

絵を描く事と、山に登る事と、作業所に通うハンディのある長男と、夫と、東京に居る二男と…

念願の野麦峠を スノーシューで!

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山本茂実著作の『ああ野麦峠』は、高校時代に読み

『みね』さんという工女さんの名前は覚えていました。

だけど本の詳細は 記憶に残ってないのです💦

同じ山本茂実著作の『喜作新道』は、この辺にはこういう内容って事まで覚えているのに。。。

 

みねさんと、背負ったお兄さんの像が峠のどこかにあり、

お爺さんになったお兄さんが、その像を見上げている写真の挿し絵を、うっすらと覚えています。

 

今回の『野麦峠スノーシューツアー』、家族の都合も合い、念願かなって参加することが出来ました!

飛騨と信州の交通の要衝は、

今でこそ安房トンネルが主となっていますが、通年利用可のトンネル開通は平成9年。

ちなみに安房峠を 車両通行が出来るようになったのでさえ昭和になってからで、今の『沢渡』は『地獄谷』という地名で人は住んでおらず、道はそこで終わっていました。100年にも満たないのです。

 

それまでの人の往来と物流は、開田高原経由か

 

野麦峠』でした。

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明治維新後の殖産興業で、岡谷での養蚕業の人手に飛騨の若い女性がかり出され、

彼女たちは 最短距離の野麦峠を越えて行ったのでした。

 

山本茂実さんは、生存していた当人たちに直接取材できた人でした。

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本の内容的には覚えていないにもかかわらず、(映画の映像の記憶と ゴッチャになっているのかもしれません💦)

 

いくら優秀な工女で、稼ぎがしらでも いったん戦力外となれば二束三文の契約解除金をつかまされ追い出されるという、心凍えるような雇用の仕組みと、ギリギリのところで手を差しのべるのは血のつながりの兄であり、支えは故郷だったという、

多感な世代である十代の、『女』という性に生まれた自分に、

当時では答えの出ない重い問いを突きつけられた作品でした。

 

さて、松本市民になっても自主的に野麦峠に行かなかったのは、あの心情がいまだくすぶって楽しいレジャーやドライブの場と捉えにくかったからなのかもしれません。

今回いい機会をいただけ背中を押してもらえました。

 

私のスノーシューも奈川に救われたようなもので、去年のツアーまで埃をかぶっていましたから(笑)

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ツアー自体は、和気あいあいと初めから参加者同士で話が弾み 明るい雰囲気で楽しめました。

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ガイドの春男さんは、

植物の名前や特徴から、

敗戦後植林の施政によるカラマツ林、

東日本大震災をきっかけに 浮き彫りになった周波数の違いによる計画停電の解消を目指した発電事情にまつわる平成の送電線工事につながる歴史まで 本当に詳しく、

興味深いお話をしてくれました。

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その中でも、言葉の中にポツリポツリと出てくる奈川の気候の厳しさ。 

例えば 柿は色づく前に霜が降りるので実らない、とか 米は出来ない、などが印象に残りました。

 

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(今回も 木のよい写真が撮れました!)

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それでも便利がイコール人間の豊かさでもないなあと感じたのは、奈川に生きている人たちは生きる術を本当によく知っていて それを楽しんでいると、そして人のつながりがしなやかで確固としていると感じ、羨ましささえ感じたのです。

 

確かに厳しい土地柄と、国の施策や災害 歴史に翻弄されてきたとも言えるが、

見方を変えると常に日本の屋台骨となって存在しているのです。

いま現在 人の流れが変わってしまった…などと悲観することはない。変わらずいとなみを続けていくこと、その事が大事。と思いました。

 

 

今季雪が少なく笹や倒木が出ていてショートカットが出来ず峠まで 登りきりました。

 

あった、ありました。みねとお兄さんの像。

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(飛騨を向いています)

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(お兄さんでさえ当時21とか22とかの年齢だったと記憶しています)

 

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うわぁ乗鞍岳が近い!

 

風がぬるい。

去年の奈川スノーシューツアーでは ➖26℃対応の極厚グローブがちょうどよかったのに、今回は なんとほとんど素手

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解散してから車を運転していて目に止まった木造のバス停を撮っていたら、その向こうの民家も趣のある木造家屋。

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そしたら、以前行ったことのある松本市歴史の里という建物の博物館に 工女宿があったことを思い出したのです。

まだ時間に余裕があったので、帰りに寄りました。

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川浦って言ったら、集合場所じゃん。

あそこに建ってたんだ。

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資料スペースにも寄ってみた。

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そうそう、テレビドラマ版だったか、三原順子も出てたのよ。

この本の表紙を見て思い出したのでした。

 

野麦峠、時間のある時のトレーニングにも良さそう! グリーンシーズンにはヘビロテで通うかもです。

 

いつもながら長文を読んでいただき、

ありがとうございました。

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